Jetloops International Ver.

jetloops.exblog.jp
ブログトップ
2004年 08月 13日

空洞の日々が終わる

何か大きな目標を掲げて毎日を生きているというわけではない。だからといってダラダラと意味のない生活なんてしたくはない。こんな風に考えるが実行しないできた。ここにズレが生じる。思考と行動が一致しない。なぜだろう。ふと浮かんでは答えも出ずに消えていく疑問。

私を悩ます難題。空洞の日々が続く。

最初は少しでも楽になろうと答えを探していた。全体でなくても良かった。ただ答えの片鱗さえ理解できれば少しは鎮まるだろうと考えた。しかし、いくら片鱗を暴いても、毎日を送るたびに膨らんでいく疑問には追いつけなかった。

更に私を悩ます問題。空洞の日々が広がる。

同じ疑問に悩み続けるが、自分の納得いく答えが見つからない状態が長引いた。ついには自分が分からなくなる始末で、辿り着いたのは、果たして私は何処に立っているのだろうかという疑問だった。つまり、自分のこの生活の中での存在証明、アイデンティティを明確にすることだった。特にこの時期には西田幾多郎氏の著書を読み耽っていた。
自分を理解してくると難題なんてどうでもよくなった。どうでもよいというか、難題に対する直接的な解答は未だに分からないのだが、自分が一番面白い、これこそ一番必要な考えではないかと思い信じた。それからは存在意義を証明するために、何かをやる自分だと定義づける様にしてきた。例えば、勉強する自分、友達の中にいる自分、買い物をする自分、ロックを聴く自分、サッカーをする自分。こうすると自分の定義が決まっていき、役割も自ずと分かってくる。極度のネガティヴからポジティヴになるのも考えものかも知れないが、あってもいいではないだろうか。

自己を証明することで、空洞の日々が少しずつ埋まっていく。

そして更に定義づける。それは、このブログを綴る自分。ここでまたひとつ存在を証明するカテゴリーが生まれ、自分を成長させる。いや、周囲の人達が助長してくれているのかもしれない。確実なのは、これらを通して空洞が更に埋まっていく。
存在活動はこれからだ。色々な山場を迎えるだろう。それを乗り越えることによって私の成長は持続する。

空洞が埋まる日も近い。
[PR]

by junyasilas | 2004-08-13 03:15 | Diary


<< 誇りを胸に、集う漢達      或阿呆の一生に魅せられた或阿呆 >>